2004年8月アーカイブ

暑い夏の記録

2004年8月12日 18:35

沖縄は日本で一番暑いと思われがちだが、実はそうでもない。私が那覇に移住して最高気温が35度を超えた日は、記憶にほとんどない。

過去の記録を調べてみると那覇での最高気温のトップ3は以下のとおりであった。

1位 35.6℃ (2001年08月09日)
2位 35.5℃ (2003年08月03日)
3位 34.9℃ (1991年07月11日)

私が那覇に移住したのは2002年1月のことなので、35度を超えたのはたった1日だけということになる。今年に関して言えば7月27日に記録した33.1℃が最高である。日々の全国の天気予報で予想最高気温が36℃とか37℃といった予報を見ると「アホみたいな温度やなぁ」と思うようになってしまった。

今日は東京都心部での連続真夏日の日数が38日間となり、東京での連続真夏日の記録を塗り替えたそうである。ちなみに那覇では7月7日から本日までその記録が続いているが、東京より1日少ない37日。また全国規模でみると熊本市で46日連続が最多である。過去の記録を紐解くと1961年以降では、1995年に日本最東端の南鳥島で観測された115日連続が最長。本州では1994年に神戸市で記録した76日連続(1994年7月2日~9月15日)が最長なのだそうだ...1994年の神戸市って...思い切り神戸市で神戸市民をしていたころじゃないですか!!

あまり記憶にないが、確か全国的な米不足でタイ米をまずいなどと食っていた頃ではないだろうか。琵琶湖の水不足が懸念され、ニュースでは毎日のように琵琶湖の水位が報道されていたように思う。ちなみに神戸の観測史上最高気温のトップ3のすべてが1994年に打ち立てられていることがわかった。

1位 38.8℃ (1994年08月08日)
2位 38.0℃ (1994年08月07日)
3位 38.0℃ (1994年08月06日)

あの頃の神戸が歴史に残る一番暑い時期だったとは...参考までに那覇市の連続真夏日の記録は、神戸の記録より1日多い77日(2001年6月16日~9月1日)。ただし期間中、最高気温が35℃を超えたのは1日だけだった。なんだか那覇の気温が涼しく感じてきた...

参考:気象庁 電子閲覧室
 1961年以降の、全国の気象データを調べることができる
 夏休みの自由研究におすすめ?!

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実は某所で1日平均200アクセス程度の携帯専用サイトを運用していて、「.htaccess」ファイルで携帯端末だけが使うIPアドレスを判別し、パソコンからのアクセスを拒否していたのだが、最近になって「AirH"PHONE」という携帯端末で、携帯専用サイトにアクセスできないという情報が寄せられた。

ネット上を検索すると「DoCoMo」「vodafone」「EZweb(au,TU-KA)」だけをアクセスさせる方法はあったのだが「AirH"PHONE」の振り分け情報を見つけることができなかった。

すると、とある方から「AirH"PHONE」が単体でアクセスするときのIPアドレス情報があるとの情報をいただき、さっそく「.htaccess」に追記した。

今のところネット上には「AirH"PHONE」も含めた携帯端末に対応した「.htaccess」ファイルを公開しているところはないようなので、4携帯端末に対応した「.htaccessファイル」の記述を備忘録として記録しておく。 もし携帯専用サイトを運営している方で同様の悩みをお持ちの方がいるようでしたら参考にして頂ければと思う。利用される方は、以下の部分をコピーして「.htaccess」ファイルに記述し、携帯専用サイトのあるディレクトリにアップロードしてください。

[2007年10月13日追記]モバイル版AdSenseのクローラー「Mediapartners-Google」が使用するIPアドレスについては当ブログの記事「IPアドレスで振り分けている携帯専用サイトでモバイル版AdSenseを使う方法」をご参考ください。

[2008年5月11日追記]i-modeやEZwebで使用されるモバイル検索用のGooglebotのクローラーのIPアドレスが公式に発表されました(2008年6月中旬以降運用予定のIPアドレス)。詳細はGoogle Japan BlogのGoogle モバイル検索についてのウェブマスター向け情報をご参考ください。

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気まぐれの癖にウェブログツール"Movable Type(以下MT)"をバージョンアップしてみた。バージョンアップの理由は単なる新しい物好き...というわけではなく、spam(迷惑)コメントに悩まされていたからだ。ひどいときは1日で38回もこの手のコメントが投稿され、削除するのが大変だった。最近は暫定的にspam対策をしていたが、これでも完全ではないため、この機会にMTをバージョンアップしてみたのだ。

サイトの内容に変更はないが、コメントを投稿される際に、一部、使い勝手が変わるため、ご注意願いたい。もちろんspamでなければ元記事に批判的な投稿も載せていくので、お気軽にコメントしていただければと思う。

参考までにご自分のホームページに"MT 3"の導入を検討されている方は、下記サイトを参考にして頂ければと思う。ちなみに私の場合、オリンピックの野球を見ながらではあったが、バージョンアップ+デザイン変更などで3時間もかかってしまった。

  • Movable Type 公式サイト
    • プログラム本体のダウンロード
    • 個人利用の場合は無料
  • TypeKey 認証サービス
    • Movable Typeのダウンロードをするためにここに登録が必要(登録は無料)
  • Movable Type 3.x 導入手順
    • これを見ると出来合いのブログサービスを利用した方が...と思ってしまうが、徹底的にオリジナリティにこだわる方は、徹底的に勉強して自前のブログを作ってみるのも一興かと
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沖縄の盆

2004年8月29日 22:18

本土では一般的に8月13~15日が盆の時期になるが、沖縄では昨日から盆シーズンに突入した。沖縄の盆の儀式は本土と違い旧暦で執り行うのが一般的である。沖縄の一般的な企業の夏の賞与は盆の直前に支給され、またこの時期、個人商店や家族経営の会社などは臨時休業するし、那覇空港では県外にいるウチナーンチュが一斉に帰郷するため、帰省ラッシュを迎える。あるウチナーンチュによると「沖縄では正月よりもお盆が大事」なのだそうだ。

また沖縄では盆の初日をウンケー、最終日をウークイという。今年はウンケーが28日、ウークイが30日である。コンセプトとしては本土のお盆と同じく先祖様があの世から帰ってきて、この世の人と交流を持ち、最終日にはあの世に帰っていく。

ちなみに沖縄の太鼓踊り「エイサー」は沖縄の盆踊りであり、今でも盆を迎えると各地で太鼓を持った若者たちが町を練り歩く。本島ではもっぱら中部以北で盛んなようで、那覇では首里の一部地域で今も行われている。

ところで、ナイチャーの私もウチナーンチュの妻の実家へ行ったのだが、親類縁者でごった返していて、仏壇に手を合わせた以外はご飯を食べただけで初日は終わってしまった。そういえば本土と沖縄で違うと言えば「お中元」を渡す時期も違う。本土では7月下旬から8月上旬、どちらかといえば暑中・残暑見舞いのような意味合いがあるが、沖縄ではこの盆の時期にやりとりされる。夏の挨拶がてら一軒一軒、回らなくていいので、合理的ではある。今年、我が家は洗剤セットを持っていった。腐らなくて実用的なものということでこれを選んだのだが、個数が多いのと重いのとで、自宅から駐車場の車のあるところまで持ち運ぶのに苦労した。歳暮は軽いものにしようと思う。

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華氏911と沖縄

2004年8月29日 23:00

昨夜、妻の実家で映画の無料券をもらってきた。ただ、その無料券の期限が31日までであったため、見に行くとすれば今日しかなかった。特に見たい映画はなかったが、とりあえず何かと話題の「華氏911」をみることにした。夫婦で見るような映画でもないのだが、いざ映画館に入ると、話題性からなのか若い女性同士やカップルの観客が意外に多いことに驚いた。県外の反応はわからないが、沖縄は、この映画の主役とも言うべき「米軍」とかかわりが深いことも関係あるのだろうか。

米軍といえば、今月13日、宜野湾市の沖縄国際大学に普天間基地所属の在日米軍のヘリが墜落した事件は記憶に新しい。意外に報道されていないが、実は宜野湾市で墜落したヘリと同型のヘリコプターが宜野湾市の事故の2日前、イラク領内をパトロール中に墜落し乗員2名が亡くなるという事故が起きていたそうだ。戦地と戦地ではないところでおこった事故を比べるのはフェアではないが、同型機が同時期に相次いで墜落していることは、基地の島・沖縄に住む者として不気味である。在日米軍も宜野湾の事故直後しばらくは同型機の飛行訓練を中止していたぐらいである。

華氏911はブッシュ政権とビンラディン一家との癒着を浮き彫りにして、テロの戦いという大義名分によるイラク攻撃の矛盾を突く内容となっている。映画の冒頭、ブッシュ大統領は同時多発テロまでの任期中、42%が休暇だった事実を明かす。この間には米国へのテロ予告に関する資料なども大統領に渡される予定だったが、大統領は休暇のため目を通さなかったという。いっぽうヘリ墜落事故後、沖縄県知事は海外出張から緊急帰国し、この事故対策で首相への面会を求めたが、首相は夏休みを理由に、知事には会わなかった。それどころか夏休み中、オリンピックをテレビ観戦していたという。オリンピックを見るのは構わないが、もしこれが事故ではなく、何らかのテロだったとしたら、華氏911で描かれるブッシュ大統領と同じではないだろうか。幸い死者は出なかったが、墜落現場となった大学や周辺の一般住宅に物的被害が出ており、国の対応としては事故ではなく自然災害と同様の対策を講じてもよかったのではないかと思う。阪神大震災直後の村山首相の対応のまずさともオーバーラップしてくる。

ヘリ墜落の原因について、民間施設(大学)に墜落したにも関わらず、沖縄県警の現場検証が米軍によって拒否され、しかも米軍の検証資料を県警に示すことにも難色を示している。在日米軍は事故から10日後、原因について「後部回転翼の補完部品の一部に当たる小型の支持装置がなくなり、回転翼が制御を失った」と発表したのだが、その直後、普天間基地から同型機を含むヘリがイラクへ向けて飛び立ったことが確認されている。米軍は2、3日後に飛行訓練再開することを外務省に伝達していたらしいが、さすがにこれについては在日米軍問題に消極的な政府も直接、アメリカ国務長官に抗議している。

私も含めて沖縄県外の人は沖縄で起こった在日米軍問題は「沖縄だけの問題」で片付けてしまい勝ちである。しかし、この事実を振り返ると沖縄だけではなく、日本政府そのものがアメリカになめられていることを感じないだろうか。

備忘録
  • 沖縄県は在日米軍施設の75%が集中し、県の面積の10%が米軍基地で占められている。沖縄県嘉手納町に至っては町の面積の83%が米軍基地。いっぽう宮古地域には米軍施設はない。
  • 県民総支出に占める在日米軍関係者の支出は5.0%(2000年度)
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ウークイ

2004年8月31日 08:43

沖縄の盆を語るにあたり、ウークイと呼ばれる行事は、おそらく本土にはない独特のイベントではないだろうか。これまで仏壇に置かれていた位牌とお供え物などを玄関先に持っていき、そしてあの世のお金となる「ウチカビ」と呼ばれる紙を燃やしながら一家の長が、あの世に帰る先祖の霊に挨拶をする厳かな儀式である。挨拶の内容はウチナーグチで、よく聞き取れなかったが、家族の健康などを願っていたような内容と思われる。

その帰りに妻から聞いた話であるが、妻が子供の頃は、もっと遅い時間帯にやっていたという。今回、妻の実家でこの儀式が行われたのは昨夜10時過ぎだった。遅くなった理由として家族の生活スタイルの変化が考えられるという。子供が成長し、会社勤めの者が多くなり、そして、あまり遅くなると、翌日の仕事に差し支えてはいけないという配慮があるという。ご先祖様もこの世の人間のライフスタイルにあわせなければならないので、大変ではないだろうか。

ウークイの儀式が終わると備えられていた供物はその場でいるもので分配されるわけだが、我が家は妻の意向により一番高そうなメロンをいただいて帰ってきた。ご先祖様に恨まれないか心配である。

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