気まぐれコラム
震災のきずあとを訪ねて
1998年7月1日
 

北淡町・野島断層保存館〜その1

 前々から、被災者の一人として、震災の元凶となった「活断層」というものを見たいと思っていた。
 だが、地震直後、あるいは1〜2年後ぐらいまでは、全ての生活基盤をも破壊した断層とともに被災生活を送らなければならない地元の人のことを考えると、とてもではないが物見遊山で見に行く気にはなれなかった。
 なぜなら、神戸の中心部・震度7エリアで被災した私も、三宮の崩壊したビルを背景に記念写真を撮る輩には、かねがね不快感を抱いていたからだ。
 もちろん、その感覚は、今もどこかにある。しかし、今年、神戸と淡路島に世界一の吊り橋が架かり、それに併せて「野島断層保存館」として活断層が、震災の記録として公開されることを知り、是非とも、目に焼き付けておかなければと考え、5月某日、淡路島へ渡った。

 明石海峡大橋の淡路島側の付け根にあたる「松帆アンカレイジパーク」から、淡路交通バス「津名港行き」という、ごく普通の路線バスに揺られること約20分。「小倉橋」という停留所で下車した。
 バス停の周りは、民家数件がある以外は、田園風景がひろがっている。
 このような場所に、今や淡路島で最も見学客が多い施設があるのかというぐらい、のどかな所である。
 とはいえ、1995年1月17日午前5時46分、大きな地殻変動があったがために、私が、今、この停留所に立っているのも事実なのだ。


順路