2004年2月アーカイブ

沖縄だって冬は寒かった

2004年2月20日 22:40

最近、直接HTMLファイルをいじくってホームページの更新をするのがめんどくさくなってきた。でも、何か書いてみたい......そこで何かいい方法はないかと思っていたところ、今、ネット上で流行の「ウェブログ」で使われている「Movable Type」を導入してみた。

「ウェブログって何?」
厳密にはいろいろな定義があるものの、現在、日本における「ウェブログ」といえば個人サイトの日記サイトにいろいろな機能を付けたようなもの...とお考えいただくとわかりやすいだろうか。とはいえ毎日更新はとても無理なので、今まで通り「気まぐれ」で更新していこうと思っている。

さて、以前から当サイトをチェックされている方はご存じとは思うが、私は2年前、生まれ育った神戸から沖縄は那覇へ移住した。冬になると神戸方面からいつも聞こえてくるのは「沖縄は温かくてええなぁ」という声。確かに最初の冬は「沖縄の冬は、やっぱり暖房、いらんやん」と、正直、全く部屋の暖房をつけなかった。ところが今年の冬、那覇市の気温は10℃を下回ることはなかったものの、体感的には神戸にいたころの冬を彷彿させるような寒さを感じてしまった。特に1月はエアコンの暖房を毎日のようにつけていた時期があった。周囲のウチナーンチュに聞いてみても今年の冬は例年になく寒かったと語る。那覇の気温は、同じ時期の神戸の最高気温よりも下回ることはほとんど...いや全くないかもしれない。沖縄の寒さの秘密は気温よりも「風」にあると思う。大阪湾周辺の場合、海面と山地の温度差により、時間帯によって風の強さや向きが時間によって変わるため、特に冬型の気圧配置にならない限りは、恒常的に風が吹くことはあまりない。ところがここでは1日中、風が吹いているのである。ただ沖縄の場合、冬でも日向に出ると温かくなる。しかし今年の1月は太陽が顔を出す日も少なかったこともあり、とにかく寒かったのである。

年末年始、私は神戸へ帰郷した。"内地"の寒さをしばらく経験していないこともあり、那覇の自宅を出る段階からコートを羽織って出かけた。手荷物にするのがめんどくさいためであるが、はっきりと言って汗ばんだ。ところがこの状態で関空に着くと、予想に反して、そんなに寒く感じなかった。実家に帰って親に聞くとここ数日は温かかったという。

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ところが水道の蛇口をひねって、沖縄との差を痛感させられた。水が身を切るように冷たいのである。沖縄ではまず体感することはないだろう。今まで、冬の水の冷たさはこんなものだとは思っていたのだが、わずか2年で沖縄の気候になじんでしまうとは...ところで2月も下旬に差し掛かろうとしている。太陽はカンカンと照り、日中は20℃を超える。もう沖縄の冬は終わったのかもしれない。今日、バスに乗ったら冷房がかかっていた。

※写真は2003年12月30日、ぶらっと東遊園地に立ち寄ったら、まだ神戸ルミナリエのガレリアが残っていたので、携帯電話のカメラで撮影

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聖地へ!!

2004年2月22日 23:38

2月21日、2月なのに20℃を超えるポカポカ陽気。半袖シャツ一枚で遠出してみた。今日は、道中に見つけたものをご紹介したい。那覇の自宅を出て国道58号線を北上する。宜野湾市に入るとどうしても取り上げたいスポットがある。左側に沖縄アクターズスクールの白い建物が見えてくる。知る人ぞ知るJPOPに一時代を築いた安室奈美恵やSPEED、MAXらを世に送り出したあの沖縄アクターズスクールである。しかし、私が注目したいのはその隣にあるこぢんまりとした琉球家屋である。そう、この建物こそ一部で神...いやネ申と崇められている"又吉イエス"氏の、かつての自宅兼選挙事務所なのである。いわば「聖地」と言ってもいいだろう。

沖縄に移住して初めての選挙が2002年11月の沖縄県知事選挙であった。候補者については全くの情報がなかったので、私は選挙公報をじっくりと見て候補者を決めようと思っていたら...「マタヨシ光雄」候補のやたら小さな字で書かれた公報に目がいった。何しろ対立候補に対して「腹を切って死ぬべき」と言い放ち、しかも「地獄の火の中に投げ込む」と追い打ちをかける...こんな候補者が今までにいただろうか。結局、このネ申は、知事選に落選したことをきっかけに選挙事務所を東京へ移したのだが、今も自宅建物が残っている。主...いやネ申が移住して1年以上経つが、未だに、敷地には自由に入れる状態になっている。しかし、外から見る限り家が荒らされている様子はない。やはりネ申のオーラが一般人を入れさせないのだろうか。とりあえず、詳しくは又吉イエス非公式サイトで熟知すべし。

さらに北上すると、観覧車が見えてくる。北谷町の「アメリカンビレッジ」である。観覧車のほか飲食店やファッション関係のショップ、映画館などが集まる。羽賀研二がオーナーを務める「南国食堂」もここにある。帰路にここで食事を取ったのだが、1000円のランチバイキングは、値段の割には美味かった。ただ個人的には、このすぐ近くにある韓国風焼肉屋がお薦めであるが、ここについてはまたの機会にご紹介したい。

そしてリゾート地恩納村を通過。万座毛や珊瑚礁のビーチが続くのだが、この辺りはガイドブックにも載っているので、ここではあえて通過。恩納村といえばやはり「おんな村いんぶビーチ」でしょ...(略)。縦長の恩納村を突っ切ると、まもなくして万国津梁館という看板が見えてくる。ここは沖縄サミットの会場である。そして間もなくすると「道の駅許田」が見えてくる。「道の駅許田」といえば日本最南端の道の駅であるが、私は「おっぱ牛乳の聖地」と崇めているポイントである。「おっぱ牛乳」とは何なのか...これを説明すると長くなるので、私が立ち上げたファンサイトを参考にしていただきたい。

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ここで食べる「おっぱ牛乳」のジェラートは絶品である。いろんな味があるがお薦めは「ミルク味」or「ソフトクリーム」である。実はこの道の駅にはもう一件ジェラートの店があるので、巨乳をさらけ出している牛のマークが目印の店で食べていただきたい。

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ちなみに今、沖縄で一番ホットな観光スポット「美ら海水族館」の入場券が現地で買うよりも2割引きで買えるので、絶対に立ち寄るべきである。

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