気まぐれ歳時記 | 2000年3月1日 |
沖縄県誕生秘話 | |
歴史の教科書によると1871年に「廃藩置県」が断行されたと書かれています。 ところが「藩」がなくなった翌年、日本に新たな「藩」が設置されています。その藩の名前は「琉球藩」。つまり今の沖縄県のことです。 その「琉球藩」が「沖縄県」になったのは1879年3月11日のこと。今年はサミットが開かれる沖縄県の誕生には、複雑な事情がありました。 1609年、鹿児島の大名・島津氏が占領するまでは、今の沖縄県と奄美諸島の一部は「琉球王国」とよばれる独立国家でした。島津氏の侵攻で王国は薩摩藩の一部になりますが、制約があったものの独立した王政を続けていました。 1871年の廃藩置県で「鹿児島県」の一部となりますが、これを日本政府の琉球占領ととらえた琉球国民は清(現在の中国)に救援を求め、日本政府に抵抗しました。事態を重く見た政府は鹿児島県の管轄から琉球地域を分離し、琉球国の首脳が管理する「琉球藩」を置いて、事態を静観することにしました。 しかし、それでも琉球国民の日本政府に対する不満は根強く、ついに1879年3月、琉球藩の政府が置かれていた首里城へ警察官160人、兵隊400人を突入させ、琉球藩を強制的に廃藩、日本政府直轄の「沖縄県」を設置しました。 その沖縄県も、1945年、第二次世界大戦の日本敗戦でアメリカに占領され、米軍管理下のもと「琉球政府」が設置されます。再び「沖縄県」が日本に戻ってくるのは1972年5月のことでした。 サミット開催の機会に、今年は沖縄県の歴史と風土に注目してみませんか? ちなみに私は、昨年、沖縄へ行って来ました。沖縄報告は「ふるさと切手博物館」沖縄編をご覧ください。 |