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めんそ~れ!! 公開日:2000年7月1日 | ||||||||||||||||
| 第19回展示■沖縄サミット記念!!沖縄ふたたび | ||||||||||||||||
摩文仁の丘から平和の波を~沖縄戦跡国定公園 | ||||||||||||||||
沖縄は日本国内で唯一、第二次世界大戦の陸上戦が展開された地でもあります。沖縄での戦闘は約90日間に及び「鉄の暴風」と言われた米軍の猛攻撃、そして沖縄を守るべき日本軍の裏切り行為の数々は、ここでは書ききれないぐらいの悲惨な状況を生み出しました。結局、23万8千人もの戦死者を出し、そのうち12万人が沖縄県の民間人でした。現在、糸満市の摩文仁(まぶに)の丘は「平和祈念公園」として整備され、沖縄戦の終戦記念日に当たる毎年6月23日には「慰霊の日」の式典が行われています。 広大な公園の中央には、戦争での犠牲者を敵味方関係なく慰霊するモニュメント「平和の礎(いしじ)」が設置され、沖縄戦で亡くなられた全ての方々の名前が石板に刻まれています。 沖縄サミットではアメリカのクリントン大統領も訪れ、この地で沖縄県民に対しメッセージを発表する予定です。
平和の礎の東には、昨年、展示資料でもめて話題になった沖縄県平和祈念資料館があります。開館前から物議を呼んだ日本軍による沖縄住民虐殺に関する展示や、洞窟へ避難した住民を槍で威嚇する日本兵のジオラマは圧巻。また証言集には「日本兵に殺されるよりも、米軍に投降したほうがまし」という記載がいくつか見られ、自国の兵隊に裏切られた人たちの怨念が今でも、ひしひしと伝わってきます。 しかし沖縄の人たちは日本に対して強い反感を抱いていたわけではありません。戦後、米軍による抑圧や不公平感から、民主主義の道を歩む日本への復帰を強く希望していた資料も数多く展示されています。 なお、沖縄県平和祈念資料館ではサミット期間中、広島市・長崎市による原爆資料の特別展示も行われ、サミットで沖縄へ訪れた世界の人たちに戦争の悲惨さと平和の尊さを訴えることにしています。
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