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めんそ~れ!! 公開日:1999年11月1日 | ||||||||
| 第16回展示■まるごと沖縄!! | ||||||||
沖縄県「首里城正殿」 | ||||||||
工事中の守礼門の前を通り、いくつかの門(途中に入園券売り場あり)をくぐると、きらびやかな首里城正殿が目の前に広がります。まず、見て欲しいものは、正殿の前にある「龍柱」。向かって右側の龍は口を開け、左側の龍は口を閉じています。これはそれぞれ「阿形(あがた)」「吽型(うんがた)」といい(切手に描かれているものは「阿形」)、沖縄のシーサーや、本土の大きな寺の門にある仁王像、神社の狛犬にも通じています。 さて、この首里城は14世紀から琉球王国の行政の中心として機能していました。当時は日本よりも中国との結びつきが強く、琉球国王の即位式は中国皇帝の名によって、首里城で行われていました。 日本との関係では江戸時代に島津氏が琉球へ侵攻。その後、琉球国王と江戸幕府の将軍が変わるごとに江戸城への使節団派遣が強要されました。 1879年には、政治的に中国と日本との中間にあった琉球王国に不快感を示していた明治政府は、本土から警官や軍隊を首里城に派遣し、国王を城から追放しています。そして日本政府は半ば強制的に琉球王国(当時の日本の立場では「琉球藩」)を「沖縄県」として日本に組み入れ、琉球単独での中国との交流を禁止させました。 第2次世界大戦で城は焼失、石垣も壊滅的被害を受けましたが、1992年、国の沖縄復帰20年記念事業の一環として、首里城は忠実に復元されました。 ところで、城内の展示では当時の王朝の荘厳さが再現されています。面白いのは「王様」ばかりではなく、王に仕える人たちの生活、勤務についての資料もあること。王国の時代、首里城の中で勤務する人たちは、王の許可がないと残業が出来なかったそうです。 なお、首里城は周辺地区の城跡とともに世界遺産に推薦されることが決まっています。
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■首里城とその界隈 (首里城周辺の地図)
■関連して要チェック~首里城を見た後に、これらの城跡を訪れると、沖縄の城について理解できる…と思います。
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