気まぐれ歳時記 | 2001年4月1日 |
謎の役職〜宦官(かんがん) | |
3月3日は女の子の節句、5月5日は男の子の節句。そして4月4日は誰が言ったか「オカマの日」なんだそうです。 そこで歴史上のオカマを調べてみると、今でいうニューハーフほどハッキリとしたオカマではないですが「宦官(かんがん)」という要職がヨーロッパや中国に存在していたことがわかりました。 宦官は、貧しい家の出身でも、犯罪者であっても、若くてスタイルもよく、しかも頭のいい男性なら誰でも就職試験を受けることができたのですが、採用には男性器を切断するという厳しい条件がありました。つまり「男」を捨てなければならないのです。 しかし宦官になると、すぐに国王の側近として働くことができ、しかも高給が保証されていました。 「宦官」という役職は古代エジプトの女王クレオパトラの時代に生まれたとされています。宦官は女性にちょっかいをかけることはできないことから、女王の側近として雇われたようです。 その後、宦官は女王のいない国でも広まり、イスラム教の国を経て、中国にも伝わりました。 特に中国では、宦官が国王の秘密を知りうる立場にあったことから、国王の弱みをにぎった宦官が、国王を操って政治を動かしていた時代もありました。 唐の国王・李訓(りくん)は、宦官に国をのっとられないために、宦官制度の廃止を考えていたのですが、このことを知った宦官たちが国王・李訓を暗殺、唐は宦官によって滅ぼされてしまいました。 その後、中国での宦官制度は20世紀初頭まで残り、清の最後の国王・溥儀(ふぎ)が北京の紫禁(しきん)城を去ったときに、470人の宦官が国王の世話をしていたという記録が残っています。 ちなみに日本では、女性の天皇が在任していた時期があったにも関わらず、宦官は存在しませんでした。 |