ふるさと切手博物館
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公開日:2001年1月1日
第21回展示■21世紀。だから温故知新

群馬県「岩宿遺跡発掘50周年」

岩宿遺跡発掘50周年  考古学の世界では今から1万年前より昔を「旧石器時代」とよんでいます。しかし、この岩宿(いわじゅく)遺跡が発見されるまでは、この日本に旧石器時代は存在しないとする見方が学者の常識となっていました。
 岩宿遺跡のルーツは、1946年、行商人であった相澤忠洋氏が現在の群馬県新田郡笠懸町内の丘陵地を通りかかった際、露出していた赤土から石器を発見したことに始まります。この赤土は関東ローム層のもので、今から1万年以上も前の地層でした。ところが関東ローム層は火山灰がたい積してできた地層であり、この時代に関東地方で火山の噴火が相次いでいたことが推測されることから、とても人類が住める状況ではないと考えられていました。
 当然、相澤氏の発見は学者の間で認められることはありませんでした。
 その後も相澤氏は石器を発見した地域をていねいに調査し、1949年には誰が見ても人工的に加工されたことがわかる石器を発掘。この情報を受けて明治大学の発掘調査隊が付近の発掘調査を行い、縄文土器を発掘するいっぽうで、土器が発見された地層よりもさらに深い関東ローム層から石器が出土することを確認しました。
 この事実は1万年以上も昔に日本でも人類が生活していたことを示す大発見となり、1979年には国が岩宿遺跡を史跡に指定し、本格的な遺跡の保存と整備が進められました。
 ところで、この切手には変わったエピソードがあります。この切手が発行された当初、郵便局で配布される解説書やペーン(10枚シート)の表紙の解説文に、明治大学の調査隊が初めて遺跡を発見したかのような説明を掲載し、事実上の発見者である相澤氏の名前が記載されていませんでした。
 これを知った関係者は当時の郵政大臣に抗議を申し入れ、これを受けて郵政省は、相澤氏の功績を記した解説書を再発行しています。切手ではなく解説書を訂正して再発行するのは異例中の異例です。
 ちなみに切手の図案には相澤氏が発掘した石器(図案上部)がしっかりと描かれています。

●この切手のデータ
意匠=地層と発掘された黒曜石で作られた尖頭器などの石器
発売日=1999年9月17日 発売地域=関東
原画作者=西澤滋夫(洋画家) 発行枚数=未発表


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