連載小説1999年11月1日
 明日の大地へ〜第33節

◆目次◆

最終回・最後の任務

(全33節)


最終回・最後の任務

倒壊した線路  一九九六年六月某日。
 ついにタカシとサトコの結婚披露宴の日がやってきた。
 披露宴の直前、新郎側の控え室…。
 オレは「プロジェクトS」の集大成とも言うべき、あのアルバムをタカシに差し出した。
 おまえからサトコさんに渡してやってくれ」
 タカシは下唇を噛みしめた。このアルバムでオレと意見が衝突したときのことを思い出していたのだろうと、オレは思った。
「オレ、おまえに謝らなあかんなあ」
「なんでや」
「このアルバムを作るのに、オレ、短気を起こしてもうて、何もせんかったけど、よう考えてみたら、このことに限らず、オレ、おまえに世話になりっぱなしやもんな」
「そうやろ。そうやろ」
「ああ」
「そう思ってるんやったら、なおさら、このアルバム、おまえからサトコさんに渡したほうがええわ。『プロジェクトS』の最後の任務ぐらいは、タカシがせんとあかん」
 タカシは手にしたアルバムをめくり始めた。
「ところで、大地、元気にしてる?」
「えっ…」
「サトコが『私も早く、あんな可愛い赤ちゃんが欲しい』言うて、オレにせがむんや。でも『できちゃった結婚』は恰好悪いもんなあ」
「あ…あれは『できちゃった結婚』やないで。オヤジが家の補修資金を銀行から借りたやろ。あれ30年ローンなんや。オレの代でもしんどいかも知れんと思てやなぁ、その…計画的に…大地をやなあ…」
 オヤジとオカンの間に孫が生まれてしまった。名前は小林大地。元気な男の子だ。名前の由来は、大地震でエゴイストばかりを見てきた教訓から、大地のように心の広い人になってほしいという願望を込めて、大地の父親が名付けた。能天気な大地の母親は、その由来を単純に「大地震がくれた贈り物だから」と解釈している。
 サトコも仕事が休みの日に大地の子守をしてくれたが、彼女に言わせると「小林大地」とは以前読んでいた少女漫画に出てくる美少年と同姓同名だという。
「照れんでもええ。照れんでも。それで大地、今日はどうしてるんや?」
「姉ちゃんが家で面倒見てるわ。連れてきてもええんやけど、泣くとうるさいから…」
「別に連れてきてもよかったのに…サトコ、大地のファンやからな。それで、奥さんは披露宴に出てくれるんやろ」
「あいつも、うるさいから、連れてきたくなかったんやけど、本の印税で買ったパーティードレスが着れる言うて張り切ってるわ」
 姉が大地震で子供を産めない体になったのに、オレの両親に孫が生まれたということは、すなわち、オレとシオリの間に息子が生まれたということである。
 皮肉にも一年前の子供の日のこと。いきなりシオリの父親が「どう責任を取るんだ」と怒鳴りこんできた。何のことかと思えば、シオリの「妊娠三か月」の知らせだった。
「あの頃、シオリの親御さんを説得するのが大変やった。一時は、オレ、強姦魔とまで言われたんやで」
「自業自得のとこも、あるんやないの」
「まあ、思い当る節はあったけどな。でも、子供ができんかったとしても、オレはシオリと結婚してたと思うで。現実は、ちょっと狂ったけど…」
「あの騒動の前にサトコも、そう言うてたわ。『あの二人、すごく仲がいいから、きっと結婚するわね』って」
「ええ女性と結婚したなあ。タカシが羨ましいわ…」
「何が羨ましいですって」
 オレはビックリした。声のする方へ振り向くと、背後にシオリが立っていた。
「いや、その…何というか…結婚を祝ってもらって羨ましいなあって」
「羨ましいのはわかるけど、大地が大きくなったら、あたしたちも盛大に披露宴をしようって約束したじゃないの」
 オレとシオリは入籍して、ちょうど一年になるが、披露宴はしていない。
 震災の自粛ムードと、補修資金の返済などで時期的にも経済的にも、その余裕はなかった。だが本当の理由は、シオリが、お腹の膨らみを気にして披露宴をしたくないと言い張ったことにある。大地がもう少し大きくなって、資金も貯まればタカシやサトコに負けないぐらいの子連れ披露宴をする約束をしている。
「あっそうだ。タカシさん。アルバムは、ちゃんとこの男から受け取った?」
「この男って…」
「ああ。これね。シオリさんも、このアルバムで頑張ってくれたんやろ。ありがとう」
「いいのいいの。でね、あたし、このアルバム、披露宴の最後に渡したらいいと思うんだけど…どうかな、タカシさん」
「オレはええけど…」
「それじゃあ、アルバムを手に持って入場するのは変だから、タカシさんの席のテーブルの下に隠しておくわね。ちゃんと司会にも言っておくから忘れないでね…」
「うん。でも、アルバムをオレからサトコに渡すなんて、今さっきまで知らんかったもんなあ」
「タカシさんもこの男とは長い付き合いなんでしょ。これも、得意の思いつきなのよ」
「やっぱり」
「あっ、もうすぐ披露宴が始まっちゃう…あなたも早く来るのよ!」
 タカシからアルバムを受け取ると、シオリは、そそくさと、この部屋から出ていった。
「オレもマサルみたいに嫁さんの尻に敷かれるんやろか…結婚が不安になってきたわ」
「情けないことを言うな。シオリとサトコさんとではタイプが違うやないか。これから先のことはわからんけど、今日は主役なんやから」

「宴もたけなわとなってきました。ここで新婦のお友達から新婦へ特別なプレゼントがあるそうです。代表して新郎から、そのプレゼントを新婦へお渡ししていただきます」
 司会に促されてタカシは席を立ち、サトコに手を差し伸べた。サトコはタカシの目をじっと見つめたが、突然のことなので、その視線は定まっていない。
 会場は水を打ったように静まりかえり、照明も二人を照らすスポットライトだけとなった。
 タカシの手に釣られるように、サトコも、ゆっくりと立ちあがった。
 そして、サトコの頬に軽くキスをした。
 何も知らされていないサトコはビックリした。
 サトコがオロオロしている間、タカシはテーブルの下に隠していたアルバムを取り出した。
 サトコは、そのアルバムをタカシから手渡されると、手にしたアルバムの表紙をじっと見つめた。市販の、ごく普通のアルバムなので、表紙には何も書かれていない。
「今、見ていいよ」
 その瞬間、大きな拍手が巻きおこった。事前に打ち合せをしたわけではないのに…。
 拍手の音に急かされるように、サトコはアルバムの表紙を静かに開いた。
 一ページ目には、サトコの両親と、まだ小さかった弟、そしてサトコが写っている写真が貼られている。これはタカシが唯一「プロジェクトS」で集めてきた写真である。
 サトコは、ゆっくりとアルバムをめくり続け、一枚一枚、目に焼き付けるように見入った。 その大きな眼から、何度も涙が光輝きながら、アルバムに落ち続けた。
 このアルバムの中は、サトコも一度は目にしたことのある写真ばかりなのだ。
 タカシとサトコを真正面に見える位置に座っていたオレとシオリも目が潤んでしまった。とりわけ、オレは披露宴の撮影係も仰せつかっていたのに、涙でファインダーを覗くことができないではないか。
 ついに、二組のカップルをまとめ、一人の命を産んだ「プロジェクトS」が完結する瞬間がやってきたのだ。
 そして、サトコは写真の貼られている最後のページをめくった。 しかし、そのページには写真が貼られていない。そこには、こう書かれた紙切れがあるだけだった。

 「ここから先は、あなたと最愛の人とで作っていくページです」



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※写真は『阪神大震災・神戸からの報告書』(データハウス刊・菊地 馨著)64頁に掲載した写真です。

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