| 連載小説 | 1999年1月1日 |
| | 明日の大地へ〜第23節、第24節 |
◆目次◆
23・営業再開の涙雨
24・話し中の意味
(全33節)
23・営業再開の涙雨
翌日、天気予報は珍しく的中した。
オレは雨つぶがビニールシートにぶつかる音で目が覚めた。物凄い音である。屋根の上でパチンコをしているかのようだ。
すでにシオリは、布団にいなかった。オヤジによれば一人で雨の中を配給調達にでかけたという。しかし、シオリは仮にも東京から来たお客である。その客に配給を取りにいかせて、主人は家の中で新聞を読んでいるとは何事なのか。
「おまえも、今まで、ずっと寝てたんやろ。人のこと言えた義理やないで。シオリさんは、泊めてもらってるから、少しはお役に立ちたい言うて、出かけていったんや。ワシもシオリさんに感謝してるんやで」
シオリが持ち帰った変化のない朝食を済ますと時計は十時を過ぎていた。新聞を読み続けているオヤジに「昨日の写真を届けに行く」と告げて、シオリと相合傘で、ガレージに置かれたコンテナを目指した。
オレが今、手にしている写真のモデル・松浦サトコさんの死体を掘り起こしたアパートの瓦礫は、昨日の余震のせいなのか、今日の雨のせいなのか、あの日よりも低くなったように見える。
コンテナの前に立つと、三度ノックをした。
「おはようございます」
中からお婆さんが出てきた。
「おはよう。さぁ中へ入って」
「いえ、サトコさんのお写真が見つかったんで、渡すだけですから」
その言葉が聞こえたのか、サトコさんの母親も慌てて、オレたちを出迎えた。
「そんなに遠慮しなくても…」
オレはシオリの顔を見つめた。
「どないする」
「お言葉に甘えましょうか。写真が濡れたら困るしね」
シオリの強引な理由付けに従って、オレたちはコンテナハウスの中へ招かれた。
中は四、五人用のカラオケボックスぐらいの広さで、部屋の片隅に片付けられた布団と、真ん中にこたつが鎮座している以外は、これといって家具もなく、テレビもなかった。
そういえばそうだ。お婆さんもサトコさんのご両親も地震で家が潰れたり燃えたりしたから家財道具なんてあるはずがない。
「本当なら、お茶の一杯でもお出ししたいのですが…」
申し訳なさそうにサトコさんの母親が言うと、なぜかシオリが返事をした。
「事情は家でも同じですから、お気遣いなく」
オレは心の中で「おまえは、いつからオレの家の人間になったんや」とつぶやいた。
「実は、これは店の中に飾ってあった写真なんですけど、伝票やらネガでチェックしたところサトコさんが七歳の頃のお写真らしいということが、わかりまして…」
オレはそっと、クラフト封筒をこたつの上に載せた。封筒には、家からここまでくる道中にかぶった雨つぶが点々としている。
オレの真正面に座っていた父親は、おもむろに封筒を手に取り、中の写真を取り出した。
「あの、長い間、店に飾ってあったもので、少し蛍光灯焼けしてしもて、色が変わってしもたんです、本当ならネガからちゃんと焼き直して持ってきたかったんですが、暗室が潰れてしまって…」
オレが変色した写真の説明をしている間も、父親はじっと写真を見つめるだけだった。隣に座っていた母親も、横から覗き込むように写真の中で生きているサトコさんを見つめていた。
部屋に静寂の時間が流れる。
「あの、オレたちは、これで」
シオリの背中をポンと叩いて、腰を上げようとした瞬間、今まで、ずっと無言だった父親が喋りかけてきた。
「この写真の代金は、おいくらでしょうか」
「お金は結構です。私たちの、せめてものお見舞いと思ってください」
オレたちは慌てるようにコンテナハウスを出た。息がつまりそうだったからだ。狭い空間で五人が無言で顔を向き合わせるのは、つらい。地震以後、何度もあった無言の時間。しかも、オレたちよりも不幸を背負っている人が三人もいる。話し掛けられても、何をどう受け答えすればいいのか困る。うっかり失礼なことを言ってしまえば、狭い空間で窒息してしまうかも知れない。とにかく、それが怖かった。
家に戻ると座敷のこたつの上に写真の入った小さな箱と数枚の紙切れが置かれていた。
「成人の日の写真が出来上がったで」
オヤジは嬉しそうに、そのうちの一枚を手に取ってしげしげと見つめた。サトコさんの父親とは全く逆の眼差しである。
「さっき、記者さんが持ってきてくれたんや。綺麗に出来上がってるわ」
その一枚をオレに手渡した。
「綺麗なぁ。地震の前は、こんな感じやったんやなぁ」
オレはモデルの娘さんより、背景になっている渋みのある鴬色の壁を見つめた。
「これはシオリさんに渡しとこか。記者さんが一緒に持ってきたんや」
「えっ。何ですか」
「よう書けてるで」
オヤジはシオリに円筒形に丸まった紙切れを渡した。
「瓦礫の街に明るさを…被災写真館がんばる」
大きな活字が踊るその紙は、どうもファックス用紙のようだ。
「ゲラ刷りだわ。すごく大きく出てる」
「ゲラ刷りってなんや」
「本ができる前の試し刷りみたいなものよ。今度の水曜日に発売される週刊誌の私の書いた記事らしいの」
「どれどれ」
そういえば、オレはシオリが仕事で書いた文章なんて読んだことがなかった。読んだといえば、たまにくる手紙や、つい三週間前に届いた年賀状ぐらいである。
「しかし、いつのまに家の写真を撮ったんや」
記事の中に「経営者」のオヤジの顔写真と地震で不様な姿をあらわにした我が家の写真が載っていた。オレの疑問に答えたのはオヤジだった。
「その写真か。スポーツ新聞の記者さんが家に来たときに撮ってもろたんや。それで新聞社が雑誌社に貸したらしいわ」
「一時は店、閉める言うてたくせに経営者とは…」
「うるさい! そんなことより、この写真を台紙に挟んで、セットしていこ」
「え?、今日は日曜日やで」
「こんなときに日曜日も月曜日もあるかい」
屋根のビニールシートに大雨が打ちつける。この日は一日中、パチンコ屋の中で作業をしているような、賑やかな我が家だった。
24・話し中の意味
今日は前日の雨が嘘のようなぐらい晴れ上がった。大地震発生から今まで、街にベールを掛けていた砂塵もすっかり洗い落とされたが、周辺の瓦礫は依然として異様な姿を曝け出している。いくら天気がよくても、現実を抜け出すことはない。
「お早ようございます」
今日からアルバイトとして働くことになったタカシの出勤である。てっきりサトコもついて来ると思っていたのだが、タカシ一人だけである。
「おっす、サトコさんはどないしたん」
「今日から仕事に出るから、大阪の社員寮に泊込みや」
「仕事って。もう大丈夫なんか」
「ああ。彼女に言わせれば、家でじっとしてるよりも、体動かしたほうがええんやて…それで、昨日は大阪まで車で送っていったんや。電車が動かんから、サトコの上司が大阪の社員寮を手配してくれたみたいで、当分は神戸に帰ってこんわ」
「ほんまか…落ち込んでばかりおっても、死んだ人は蘇らんもんな…」
今日は、もう一人来客がある。大野さんが見積もりにやって来る。オヤジは補修見積もりの係。オレとタカシに加え、オレたちを密着取材しているシオリも含めた若者三人組は、昨日セットした成人の日の写真を配達する係になった。
「普通なら、お客さんが店にきて、引換証と交換することになってるんやけど、避難生活などで写真を取り来る余裕もないやろうから、こっちからお客さんを探さんとあかんやろな」
「ということは、お客様の住所とかは、わかっているんでしょうか」
タカシは、どこかの会社のミーティングのような口調で質問してきた。
「あ、あのなぁ。そんな、かしこまらんでも…。友達同士なんやから…」
「どうしてもクセになってしもて。ここでは、次期経営者とアルバイトの間柄やし…」
その様子を見てオヤジもシオリもニヤついた。
「そんなに意識せんでもええやんか。普通にいこ。普通に。大して給料払われへんのやから」
「そうやそうや。ハハハ…」
オヤジもオレの意見に納得していた。
「話は戻るけど、住所は、ハッキリといってほとんどわからん。わかるんは伝票に書いてある電話番号だけなんや。多分、この電話番号をかけたところで、所在がはっきりするのは、何人もおらんと思う」
続いてシオリの質問である。
「どうして?」
「地震で家がつぶれて、避難している人がおるやろ」
「そっか…それなら、写真はいつ引き替えることになってるの」
「ちょっと待ってや」
オヤジは部屋の隅に転がっていたカレンダーを手に取った。
「十九日から渡すことになってるなあ」
「現実に十九日から、店に取りに来た人はいたんですか」
「いや、おらんかった…と思う。ワシらも家におらんかったことが多かったし…」
「とにかく電話で確認していくとして、どうやって、説明するか…」
「街が打ち拉がれているときに晴れ着の写真を渡すのは抵抗感じるなぁ…」
「オヤジとシオリには、この前も言うたけど、この写真は地震前にしっかりと生きていた証拠になると思うんや。これを見て立ち直ろうと感じる人もおるかも知れん…」
オレの真正面にいたシオリが険しい表情をした。
「そのことは、あたしもすごくよくわかるんだけど。全ての人が、そう考えているのかしら…」
「シオリに、この話をしたとき『すごく、いい話』って喜んでくれたやないか」
「あたしが当事者じゃないから、そう思うのよ。この前、マサルさんたちがテレビの話をしてたでしょ。どこのテレビ局も倒れた高速道路とか火災現場ばかりしか映さなかったけど、たぶん、あれは地震の悲惨さを演出するために、そうなったと思うの。もし、あたしが神戸で大地震を体験せずに、東京で、あのテレビを見てたら、当事者とは別の見方をしてたかも知れないわ。だから、マサルの考え方も、ライターとしてのあたしの考え方も、どこか、今のテレビに似てるんじゃないかしら…」
「そやけどやな、写真は出来上がってるし、金ももらってるんやで。いまさら、捨てるわけにも、いかんやないか…」
すると、勝手口から「お早ようさん」と声がした。
オヤジは申し訳なさそうに、部屋を出て、勝手口に向った。
かと思うと、真新しい作業着姿にヘルメットを被った大野さんがズカズカと上がり込んできた。
「おっ。何やってるんや。遊びにいく打ち合せか」
心にもない大野さんの冗談だ。そして座敷を見回した。
「大分、傷んどるなぁ」
そう、言い残して、店の方へ向かった。
「とにかく、何を言われるか、わからんけど、片っ端から電話していくしかないな」
大野さんに寸断されたオレたちの会話をつなげたのはタカシだった。
「とにかく覚悟してかかろ!」
大事業の始まりである。オレの部屋で充電していたシオリの携帯電話と、廊下にある黒電話を座敷に引き込み、臨時のオペレーションセンターを設営した。
ダイヤル式の黒電話と市内でも市外局番からプッシュしないとつながらない携帯電話をそれぞれ手に、オレとタカシが引換証の控えに書かれた番号をダイヤルしていく。
ツーツーツーツー
「こんな時に話し中とは…」
話し中の客は後回しにして次の客へ電話するが、やっぱり話し中だ。
オレもタカシもじれったい思いをしながら、伝票をめくる。
「もしもし、お早ようございます。小林写真館ですが、丸山様のお宅でしょうか」
最初にタカシの電話が通じた。
「丸山様は、この前の地震でお変わりありませんでしたか」
さすがはデパートの外商。マニュアルを作ったわけではないのに丁寧な応対である。
「そうですか。それは何よりです」
受話器を握りながら、オレはタカシの応対を学習しようと思った。
「ところで、街がこのような状態の時に誠に申し上げにくいのですが、娘様の成人の日のお写真が出来上がりましたので、ご連絡させていただいたのですが……そうですか。それではお待ちしておりますので……はい、あっ、しばらくお待ちください」
タカシは受話器の送話口を押さえた。
「丸山さんはここへ取りにくるっていうてるけど、店、何時まで開いてるんや」
そういえば、そこまで考えていなかった。店に取りに来る客がいるとなれば、店を開けておかなければならない。
「夕方六時まで開けとくわ」
地震前は、だいたい夕方六時ぐらいまで開けていたが、それも極めてアバウトな閉店時間だった。
オレが頭を巡らしているうちに、タカシの電話は終わった。
「えっと、誰が取りにくるって」
「丸山さんや。地震で引換証をなくしたらしいねんけど、そこのところは融通利くやろ」
「当然や。シオリ、丸山さんの写真、出しといて」
うずたかく積まれた封筒を前に暇を持て余していたシオリは、待ってましたとばかりに、封筒の山を崩しはじめた。
「はい、丸山さん」
手際がよかった。
オレも、タカシに負けじと電話をかけ続けたが、話し中に次ぐ話し中だった。
だが、それは、単なる話し中ではなかった。
その電話番号の電話線が切れていることを意味している。つまり家が全壊しているのだ。

※写真は『阪神大震災・神戸からの報告書』(データハウス刊・菊地 馨著)73頁に掲載した写真です。
