連載小説1998年8月21日
 明日の大地へ〜第19節、第20節

◆目次◆

19・蘇る成人の日

20・蝿とミイラ取り

(全33節)


19・蘇る成人の日

 大地震から三日目の朝。
 今日も断水が続く。朝の歯磨きも洗顔もできず、薄汚れたタオルで顔を拭くだけである。風呂にも入りたいがそれも無理。残り湯はあるのだが、ガスが停止しているためガス湯沸器は使えない。それどころか残り湯はトイレ用水になっているので、仮にガスが復旧しても使うことはできないだろう。
 その残り湯も、今のペースで消費すると二、三日で枯渇してしまう。
 皮肉なのは、米櫃に米が充分に残っていて、なおかつ電気炊飯器も使えるのに、水不足のために米が炊けないことである。
 冷蔵庫も通電しているので機能しているが、停電時間が長かったため、野菜類は萎びている。おそらく、生では食べられないだろう。肉も魚も卵も残っているが誰も食べようとはしない。
 仕方がないので、オレとオヤジは昨日の配給の余り物の乾パンをかじりながら、こたつを挟んで向き会っていた。
 しかし、その乾パンも飲み物がないので、ちょっとしか食べられない。すぐに喉が渇いてしまう。食べる物が目の前にあるというのに食べられないとは、まるで拷問である。
 オヤジはキッチンにあった紙パックの酒を持ってきて、卓袱台にドンと置き「酒をラッパ呑みしながら乾パンを食べる」「酒で飯を炊く。そして、炊けた飯を食べているうちに喉が乾けば、お茶代わりに酒を呑む」という世紀末的提案をするが、その食べ方で美味しく食べられたとしても朝っぱらから、そんなものを食べる気にはなれない。
 一方、オカンとシオリは避難所へ配給を調達しに出かけている。昨日初めて会ったのに、あの二人はオレよりも親密な「親子」関係を築いているではないか。
 空腹が続くと精神状態がおかしくなるとはいうが…。オカンに対して、ちょっと嫉妬してしまう。
 食べ物のことばかり考えても仕方がないので、少しは前向きな話題をオヤジに投げ掛けた。
「成人の日に撮ったフィルムは無事なんやろ?」
「ああ。地震の前の日、マサルが遊び回ってた時に現像したからな。でも、焼付はできてない」
「そ…そうか…」
「焼付用の薬品は、揃ってるんやけど、それを溶かす水がない。それどころか暗室の壁が剥がれて、穴が開いてるやろ」
「それやったら風呂の残り湯が使えるし、穴やったら、新聞紙とテープで塞げばええんと違うか。でも引き伸ばし機とか現像液用のヒーターとかが無茶苦茶になってたなぁ」
「そうなんや。引き伸ばし機自体は簡単な構造やから、ワシらでも直せると思うんやけど、光源になる電球が割れてるんや。ヒーターも台から落下してたから潰れてるやろし」
「ヒーターの代わりに、お好み焼きを焼くときに使ったホットプレートが使えるんやないか」
「あれは使えん。二十度みたいな低い温度に調整できんやろ」
「そうか。ホットプレートに水を張っても…無理やなぁ。アレはある温度に達すると、サーモスタットが働いてスイッチを切るだけやから、ずっと同じ温度で止めておくことはできんもんなぁ。やっぱり外注に出すしかないなぁ…」
「でも普通の35ミリのフィルムと違うから、割高になるし、仕上がりも遅いやろ」
「オレらの食事みたいに八方塞がりやなぁ。腹が減ると、脳味噌も減ったみたいや」
 オレたち親子が袋小路に追い込まれていた頃、オカンとシオリが配給調達から戻ってきた。今日の配給は菓子パンと牛乳である。
 オヤジは「やっと朝飯が食える」と早速、牛乳を飲みほした。オレたちも、オヤジが牛乳を飲み始めたのを確認して、菓子パンの袋を破った。
 そして、久しぶりにテレビがつけられた。
 そういえば、オレは大地震発生から今まで、一度もテレビを見ていなかった。地震発生の日は停電していたし、昨日は部屋の片付け。情報といえば自分の目とラジオと大野さんやシオリが体験したことを伝え聞くだけである。
 テレビを見て驚いたのは焼け跡の中継。街ごとが、そっくり燃えてなくなっているではないか。
 高速道路の倒壊現場もすごい。その現場が空撮で映しだされると、テレビを見つめていた四人が口々に「おー」とか「すごい」などと感嘆の台詞を発した。
 ラジオでも、このニュースは流されていたが、ブラウン管を通して見る被害は、そのとき想像していたものよりも超越していた。超越しすぎていて特撮映画のように見える。
 そのためか、見ているうちに、だんだん不快感を覚えた。
「テレビ局の奴ら、地震で被害を受けたんは高速道路と長田区しかないと思てるんと違うか。オレらかって大変やのに…」
「『百聞は一見にしかず』とは言うけど、こう同じ絵ばかり見せられると、ラジオや新聞のほうが、いろんな情報を教えてくれるから役立つよなあ」
リモコンで、いろいろなチャンネルに切り替えるが、地元テレビ局と教育テレビ以外は、どの放送局も同じ絵ばかりなのだ。結局、途中でテレビを消してしまった。
「テレビ局の奴らって、アホばっかりやな。アホの一つ覚えみたいな絵ばっかりや。幼稚園の写生大会でも、もっと、いろんな絵、書くで」
「私なんかテレビがないと、生きていけんと思たけど、今やったら、テレビがなくても生きていけるような気がするわ」
「大袈裟やなあ。オカン、普段はドラマとワイドショーしか見てないくせに…それに今、オカンの見たい番組、やってないやん」
 オレたち家族のテレビに対する悪口雑言には、シオリは一言も口を挟まなかった。媒体が違うとはいえ、自分もマスコミ側の人間としてノーコメントを貫いていたのだろうか。
 配給による食事が終わると、オカンとシオリも交えて、再び「小林写真館」再建会議を始めた。
「ところで、オヤジとさっきまで話してたんやけど、この成人の日の写真を、よそに頼もうということになったんや…」
 オレは何の前置きもせずに、いきなり、そう切りだして、店で焼付ができない根拠をオカンとシオリに説明した。
「こうなってくると費用がかかる。前払いでお金はもらってるけど、それは自家現像を前提で決めた定価やから、外注となると持ち出しも覚悟せなあかん。家の補修や店の再建で何かとお金がいるときに赤字商売もしたくないし、外注に出したところで、掛けで頼めるところもない。それどころか断水が続いてるから、神戸市内ではどこの現像所も現像はできんやろ…」
「今までの話は、わかったけど、ワシらにどないせえというんや」
 オヤジが方法論の欠落を指摘した。そういえばオレの発言は結果論ばかりである。
「だから、みんなでええ知恵を出して欲しいんや」
 全員、うつむいて黙り込んだ。
「そうだ!」
その中でただひとり、シオリが顔を上げた。
「雑誌社に頼んでみたらどうかしら…。昨日、雑誌社に電話したら雑誌社も記者を神戸に派遣することにしたんだって。それで撮影したフィルムは大阪のスポーツ新聞社に持ち込んで現像するみたいなの」
「それは雑誌社用なんやろ。オレらみたいな写真館が頼めるんか」
「だから、一度、雑誌社と交渉してみる。駄目でもともと。わずかでも可能性があるのならトライしてみないと!」
 シオリはニコっと微笑んで席を立った。
「あっ。あたしのケイタイ、電池が切れてると思うから、ここの電話借りるわね」
 シオリの電話は十分ほど続いた。とり残されたようなオレたち三人は、また、テレビをつけて地震報道番組をボンヤリ眺めた。
「もしかしたら、うまく行くかもわかんないわよ。スポーツ新聞社と相談してみるって…」
 シオリは大はしゃぎで戻ってきた。
「新聞社から連絡させるから、次はマサルが電話に出てね」
 それから十五分。待望の黒電話のベルが鳴った。オレが受話器を持ち上げると、相手はやっぱりスポーツ新聞社だった。
 スポーツ新聞社の担当者は、こちらの事情を理解してくれたのだが条件を出してきた。オレたちの、この計画を記事として扱いたいと言うのだ。記事にさせてもらえれば、現像費用はすべて新聞社が持つとのことだった。
「ちょっと、オヤジと相談してきますので、待っていてもらえますでしょうか」
 標準語で丁寧に応対してくれる担当者に、オレも関西なまりの標準語でお願いした。
 オヤジにそのことを話すと、腕組みをして考え始めた。
「うーん」
「流暢に考えてる場合やないで。記事にしてくれたら費用は新聞社が持ってくれるんやで」
「そやけどなぁ。記事にしたら、ワシら、ええ恰好してると思われるんやないか。マサルは、どう考えてるんや」
「記事を利用すれば一石二鳥になると思うんや。今の状況で、個別に連絡とるのも大変やから、新聞を読んだ人で、うちで撮影したお客さんは直接、店に連絡してほしいって記事に書いてもらえるかどうか、頼んでみよ」
「そうやなぁ。今の段階では、それしかないやろな」
 オレは担当者へ逆に条件を提示した。すると、担当者は「しばらく待ってください」と言ってきた。
「おい、アカンのんか」
 オヤジが心配そうに、近寄ってくる。
「わからん」
 そして保留音がとまった。
「今、販売局に聞いてみましたら、神戸市内へは配達もできない状態で…それに、ウチの主力である駅売りも、神戸市内の駅が全滅状態なので…効果があるかどうか…コンビニも閉店している店が多くて…」
 申し訳なさそうに、相手は、オレの条件の盲点をついてきた。確かに、大きな見落としである。小林写真館の客は、すべてが神戸市民だ。一般新聞ならまだしもスポーツ新聞の記事を使って、出来上がりの写真を取りにきてほしいと呼びかたところで、効果は期待できない。それでもオレは「お願いします」と返事をした。
「道路事情が悪いんで、何時ごろとは言えませんが、必ず今日中に、お宅の写真館に伺いたく思います。そのときに、ネガを預けていただければ、三、四日で、ネガと写真をお渡しできると思います」
 夕方三時ごろ、250ccのバイクにまたがって、記者がやってきた。二十分ほど、オレやオヤジの話を取材したあと、約束どおり、その記者にフィルムを託した。
 この日の晩。配給の冷えきったおにぎり二個と石油ストーブで沸かしたお茶が晩ご飯のメニューとなった。配給で紙コップももらったらしく、それにお茶が並々と注がれ、湯気を立てていた。こんなときに不謹慎かもしれないが、検尿用のコップみたいだ。
「うちらは家で生活してるから、これだけしかもらえんけど、避難所の人らは、これにまだ、炊き出しの豚汁がついてるんやで」
 オカンは配給にケチをつけて、冷えきったおにぎりをかぶりついた。オヤジはオヤジで、浮き足立っている。
「明日、新聞に載るんやな。こんな時に悪いんやけど楽しみやなあ」
「ウチとこ、あの新聞、とってないで」
 オカンの鋭いツッコミは耐乏生活下でも、さえている。
「別にええやんか。記事に載る載らんよりも、写真が出来上がってくれたらええんやから」
「そやけど、どのように書かれてるか、気になれへんか」
 そこにシオリが割り込んできた。
「そうだ。写真が出来上がるまではヒマでしょ。マサル、ちょっと街を出歩いてみない。どこか、お店が開いてたら新聞も買って、お水も、食べ物も買いましょうよ」
「こんな時にデートする気分にはなれんで。周りで、家が潰れたり、人が死んだりしてるんや。それに姉ちゃんのことも気になるし…」
 得意満面のシオリから、笑顔が消えた。
 この間を嫌ったオカンが、こう提案した。
「明日、みんなでノリコのお見舞いに行こ」
「そういえば吉田君から何の連絡もないなあ。ワシもノリコのことが心配やのに…」
 オヤジは紙コップに残っていたお茶を一気に飲みほして部屋を出た。そしてキッチンから酒を持ち出し、その紙コップに注いだ。
「こんなときは酒に限るわい」
 シオリはますます気まずくなったのか、うつむいて「ごめんなさい」とつぶやいた。
 だが、シオリが陽気になるのは仕方がない。オレたちをネタにした記事を週刊誌に発表するし、写真館の現像の手配もシオリのコネで何とかなった。第一、シオリはオレたちの中で唯一の他人でもある。オレもオヤジもオカンも、姉に起こった災難を思い出すのが辛かったので、その話題を、あえて避けてきた。
「とにかく明日はみんなでノリコの見舞いや!」
 オカンは勝手に話をまとめてしまうとこたつを片付け始めた。半強制的な就寝の時間である。
 シオリは「オレの部屋で一緒に寝たい」と耳打ちしてきた。昨日はときどき起こる弱い余震にビックリして目が覚めてしまい、寝付けなかったと言う。
 それだけではない。先程の気まずさの反省なのか、シオリは少し落ち込んでいる様子だった。可哀相に思い、オレはシオリを自分の部屋に招き入れた。
「これだけは言うとくで」
「デートどころじゃないんでしょ。わかってるわ」
「わかれば、ええんや」
部屋が狭いため、一組の布団で寄り添うように眠りに就いた。

20・蝿とミイラ取り

焼け落ちた民家  翌日、姉の見舞いへ行く直前、義兄から電話があった。
 電話に出たのはオヤジだった。
 それから数分後、しんみりとした顔でオヤジが座敷に戻ってきた。 「どないしたん」
 オカンは、オヤジに飛びかかるように身を乗り出した。
 電話によると、義兄は昨日、入院中の姉に面会し、姉の体に起こったことの一部始終を話したらしい。
 すると姉は、その話を聞いているうちに、また気を失ったそうだ。それから義兄は家に戻らず、ずっと姉のそばについていたという。 医者の診断によれば体は回復へ向かっているが、精神的なショックを受けていて、こちらのほうが長引くのではないか…ということだった。
「精神的なショックって、何や?」
「夜中、ひょこっと起きて、大声で泣き喚いたり、うなされたりするそうや。病院は周りの患者の迷惑になるから早く出ていってほしいらしくって、今さっき、家に連れて帰ってきたらしいわ」
「そうか。なんとも言えんわ」
 オカンはため息をついた。
「とにかく様子、見に行ってみよ」
 オレはガレージへ車を取りにいくとテントがあった場所にコンテナのような物が置かれていた。
 その中を覗くこともなく、車を走らせ、勝手口の前で待つ両親とシオリを拾い、渋滞の幹線道路へ出た。
 普段なら二十分もあれば着く姉夫婦の家だが、出発して一時間以上経過しても、まだポートアイランドに入っていない。それどころか神戸大橋の修復工事のために、通行規制がかけられていた。ラジオによれば、この橋も地震で落下寸前だったらしい。そこをオレたちは、あの日、突っ走っていたのだから、今考えると恐ろしい。
 姉夫婦が住むマンションにたどり着くと、非常灯はついていたがエレベーターは故障していた。四人はヒビだらけの階段を駆け上がって七階の姉夫婦の部屋をノックした。
 義兄は無言で、オレたちを中へ誘い、整頓されたリビングルームからコッソリと奥の部屋で眠っている姉を見せてくれた。姉は病院帰りのため、少しやつれているように見えたが、寝ているせいか、それほどの悲愴感は感じられなかった。むしろ義兄のほうが悲愴感を背負っているように見える。
「ノリコはホンマに大丈夫なんか」
 オヤジは義兄に促され、ソファに腰をかけた。
「今は動くことはできないんですが、ときどき目が醒めると『お腹が空いた』って言ってますよ」
「そやけど、夜中に泣き喚くから退院しろというのは、無茶やないのか」
「はい。ボクもそう思うんですが、ほかの患者さんも大変ですから…」
「市営の病院のくせして、市民の健康も守れんのか。とんでもないヤブやな」
 今、ここでつまらぬ医療行政の批判をしたところで現実は変わらない。オレから話題を変えることにした。
「食べ物とかは、どうしてるんですか」
「病院でレトルトのお粥をもらってる」
 そこに、またオヤジが割り込んできた。
「ずっとお粥を食べとんのか」
「いや。ボクの分はないんです。病人用で…けど、実家から、こっちへ帰ってくるとき、カップラーメンとミネラルウォーターを箱ごと買ってきたんで、電気ポットで湯を沸かして食べてます。これらを買ってこなかったらボクが栄養失調で入院していたかもわかりませんよ」
「病人を看病している者が死んでしもたら何やっとうかわからんもんな。そやけど、変な話やなあ。病人に食べ物を与えるのはええとしても、看病する者に何も当たらんとは…」
「ミイラ取りがミイラになるっていうのは、こういう状況のことですかねえ」
 義兄は薄笑いを浮かべた。
 ふと、オレの横に目を遣ると、シオリが義兄とは対照的に退屈そうな顔をして窓の外をボンヤリと眺めていた。
「どないしたんや」
「あれだけヘリコプターが飛んでいるのに、どうして、食べ物とかを落としてくれないのかなって思ったの」
 バルコニー越しに、ヘリコプターが無数に飛びかう空が見える。 「蝿みたいに、同じ場所に集ってるよなあ。あれは多分、テレビ局のヘリコプターやで。あれだけテレビ局があるんやから、もっと、いろんな場所、映せばええのにな」
「そうよね」
「ヘリコプター同士がぶつかって、街に落ちてきたら迷惑やで。大地震で街がボロボロになってるのに、輪をかけて被害拡大させたら、それこそミイラ取りがミイラになるようなもんや」
「あたしも気をつけないと…」
「シオリ。上からヘリコプターが落ちてくるんが、怖いんか」
「そうじゃなくて、テレビみたいに物見遊山の取材をしないように…てことよ」
 そこに義兄も絡んできた。
「物見遊山と言えば、大地震があった日に実家でテレビを見てたら、筑紫哲也が火災現場を見て『温泉場みたいです』って言うてたなあ。いくら被災している人たちが停電でテレビを見てないからって、あの表現はよくないよな」
「昨日やったか、8チャンネルのカサイとか言う名前のアナウンサーが、三宮の火災現場を見て、嬉しそうに燥いどったわ。名前がカサイやから、しょうがないんかな」
 これ以上、テレビ批評は続かなかった。胎児とはいえ、身内に犠牲者がいると、こんな話は、不愉快以外の何物でもない。
 この雰囲気をかき消すように、義兄は話題を変えた。
「ところで、明日から、ボク、出勤するんですよ。それで、その間だけ、ノリコの世話を頼みたいんですが…」
「ノリコの世話?」
「ええ、起きることができないんで、食事とか、下の世話をお願いしたいんです。ホームヘルパーを頼もうと思ったんですが、地震の影響で無理なんですよ」
「今日は、こうやって、みんな集まってるけど、写真が出来上がったら配達して回らなあかんからなぁ。今日、明日だけなら、ええけど…」
 オヤジが腕を組んで考え始めた。すると…
「私が、ここにおろか。店のほうはウチの人とマサルでなんとかなるやろ。シオリちゃんもおるし…なっ、お父ちゃん」
 オヤジは、組んでいた腕を解いた。
「そうやな。それがええわ」
「そうですか。助かります。シオリさん、悪いですね。関係のないキミに、いろいろしわよせがいくみたいだけど」
「いいえ。ずっと家に泊めてもらってるし、こんなときは助け合わないと…」
 シオリは、ここにきて初めての笑顔を見せた。
 冬の太陽は眠りが早い。家に帰る時分になると、すっかり西に傾いていた。

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※写真は『阪神大震災・神戸からの報告書』(データハウス刊・菊地 馨著)55頁に掲載した写真です。

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