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ふるさと切手博物館へようこそ!! 公開日:1998年1月1日 |
| おまけコーナー■阪神・淡路大震災から3年 |
寄附金付き切手の「寄附金」は何に使われた? |
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1995年1月17日午前5時46分、明石海峡を震源とするマグニチュード7.2の兵庫県南部地震は、被害が拡大するにつれ「阪神・淡路大震災」と呼ばれるようになりました。 死者は6,430人、現在もなお行方不明になっている方が3名(1997年12月24日・自治省消防庁集計)、そして、今年の正月も仮設住宅で仮住まい生活を送っておられる方が2万人余りいます。 インフラの復興は進みましたが、まだ「大震災」は終わっていません。 |
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(1) 切手発行の裏話 |
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地震後、郵政省には震災寄附金切手の要望が、次々と寄せられました。 そこで、すでに配分が決まっていた1995年度の「お年玉つき年賀葉書・切手」の寄附金の一部が、日本赤十字社を通して、被災者救援活動に回されました。 それでも切手発行の要望が強いことから、新切手発行の検討を進めましたが、新しい切手を早急に発行することが難しいとのことで、既に原図が完成していた切手趣味週間切手を寄附金付きで発行することにしました。 当時の「官報」によると、発行枚数は5000万枚、発売期限は5月19日までとし、寄附金は「届け出のあった被災者救援活動を行う団体」に支払うとなっていました。 しかし、いざ、ふたを開けると、同じ日に別の記念切手が発売されていたことと、図案が陰気なため、前評判の割には売り上げは伸びませんでした。 発売期限での売上率は66.5%、発行枚数の多さにもよりますが、売れ残りが多いことから、郵政省は、再び「官報」で、5月30日まで発売期限を延期すると発表しました。 結局、最終期限までに4728万8000万枚、94.6%が売りさばかれました。 |
(2) 寄附金の使い途 |
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こうして集められた寄附金は当初の10億円を割り込みましたが、手数料を差し引いた9億4300万円が兵庫県と神戸市に配分されました。 しかし、兵庫県と神戸市とでは、その使途が全く違っていたことを知っている人は少ないでしょう。 兵庫県は、この切手の寄附金を各仮設住宅団地の「ふれあいセンター」建設に充当しました。 「ふれあいセンター」とは、あちこちで被災した人たちが集まる仮設住宅団地において、居住者同士の交流を目的とする施設です。 これまでの災害仮設住宅では、はじめて建設されました。 この「ふれあいセンター」は、ボランティアの慰問やイベントの場として、そして趣味の交流会・勉強会、仮設住宅自治会の会議など、コミュニティーの中核施設として利用されています。 かたや神戸市では、この寄附金を被災した「市立、市営施設」の補修資金に充てました。 具体的には、JR六甲道駅南にある市立六甲道勤労市民センターが寄附金付き切手の寄附金によって補修されました。 一口に「寄附金」といっても、いろいろな遣われ方をしているのです。 |
●郵便料金全額が寄附金!! 中国の水害救援切手 |
1991年の揚子江大水害の被災者救援を目的として発行された、この切手は、なんと全額が寄附金なのです。スケールが大きいというのか、社会主義国だから出来るというのか…とにかく、すごい切手です。もちろん、郵便使用もできます。 なお、この切手は某国の「取って付けたような」震災寄附金切手と違って、発行目的が明確であるため、海外にも被災者救援の必要性を訴える意味で役立ちました。 世界各国の切手収集家が、こぞって、この切手を買い求めたのです。(ちなみに私は、この切手を中国の収集家との切手交換で入手しました) 前回の展示でも触れましたが、日本では第2次大戦中、戦意高揚の意識を国民に植え付けるため、記念切手はもとより普通切手にも戦時色の強い切手を発行しました。 切手は発行される時代に、その国の政府が、どの分野に対して重点的に政治を執行しているのかが、よくわかる「鏡」でもあるのです。 そう考えると、某国では全額寄附金の「金融機関救済切手」(民営化しない郵便には使用不可のおまけ付き)が発行されてもおかしくないような気がします。
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